『Raison d’etre』
精霊のいのちの在り方は各々異なり、家族関係は一概に血縁を基準としない。
ゆえに血の通わぬものは、血を分けての生殖活動を行わない。
同様に血を持たない個体として挙げるのは、ここでは悪魔をそれとする。
[精霊の敬愛事由/著・ドロゥジーより引用]
***
あれ? まだ寝てなかったんだね。
一緒に寝るわけでもあるまいし、早く寝ろって言ったのに。
ひとりじゃなーんにもできないんだから。
眠るまで、お兄ちゃんがそばにいてあげるよ。
さぁ、どのお話がいい?
‥‥うん。じゃあ、今日はこの本を読んであげる。
”むかしむかし、あるところに。
魔法使いの兄と、操り人形の妹がおりました。
ふたりは、とっても仲の良いきょうだいでした。
どこへ行くにも、いつも一緒です。”
”兄は、本を読むことが好きなので、
いろいろなことを知っていました。
妹も、兄に本を読んでもらうことが好きなので、
いろいろなことを知っていました。”
”でも、そんなおりこうなふたりにも、
知らないことがありました。”
”それは‥‥”
ん? 寝ちゃったのかい?
‥‥ううん、違うよね。壊れちゃったんだよね。
ボクは、”知ってる”んだ。
お前がどうせ、またすぐに壊れるってことくらい。
お前にはいのちがないから、
ボクがこうして動かしてやってるんだよ。
ほーら、よしよし。
‥‥もう動き始めたね。やったあ!
でもね。
お前も壊れたら、自分でこのくらいデキるようにならないと。
このボクの妹なんだから。
あーあ。またそうやって、ぬいぐるみとばっかり話してさ。
まったく、仕方ないなあ。
お前は本当に、腹話術が得意だね。
‥‥ふあぁ、なんだかボクも眠くなってきちゃった。
本の続きは、また明日読んであげる。
だからもう‥‥、うるさいなぁ。
明日ってボクが言ったら明日なんだってば。
面倒なことを言う口なんかいらないから、取っちゃえばよかったかな?
ボクは、なんでもデキるんだ。
わかったら、さっさと‥‥。くすくすっ、冗談だよ。
お前は、ボクのかわいいかわいい妹じゃないか。
また明日。おやすみ。
***
――あぁ、おかしい。
お前は本当に、ひとりじゃなんにもできないんだね。
何日も、きっと、何年も。
同じ場所で、同じかっこうで。
ボクがいないと、なーんにもできない。
”どこへ行くにも、いつも一緒”じゃないと、
お前はそこから動くこともできない。
ぬいぐるみの手ばっかり握ってても、なんにもならないのに。
でも、それも仕方ないことなのかなぁ。
「お前は人形だから。
お前は操り人形だから。
人形のお友達は、人形だもん。」
ボクは、”知ってる”んだ。
***
おーい、お兄ちゃんだよ。いい子にしてたみたいだね。
ご褒美に、あの本の続きを読んであげるよ。
お前が喜ぶだろうと思って、持ってきたんだ。
”兄は、本を読むことが好きなので、
いろいろなことを知っていました。
妹も、そんな兄に本を読んでもらうことが好きなので、
いろいろなことを知っていました。”
”でも、そんなおりこうなふたりにも、
知らないことがありました。”
”それは‥‥”
それは、自分たちが生まれた理由です。
たったふたりのきょうだいは、
どんなに本を読んでも、それだけはわかりませんでした。
ずっとずっと、わかりませんでした。
それは今も、わからないままなのです。
小さな兄よりももっと小さな妹は、
まだひとりで、字を読むことができません。
できないんだ。
細いうで、細いあし。
何度も折れた首。折れても平気な首。
直したばかりの首。直せてしまう首。
まだひとりで、動かすこともできません。
できないんだ。
でも大丈夫。挿し絵を見ることくらい、できるでしょ?
‥‥あぁ、そっか。
そんなことも、できなかったんだよね。
「お前は人形だから。
お前は操り人形だから。
人形のお友達は、人形だもん。」
そうだ! それなら、ボクの瞳をあげる。
うん、別にいらないよ。
だってボクは、瞳なんかなくてもなんだってできるから。
それに、お前のお兄ちゃんなんだから当然さ。
字が読めないなら、ボクが読んであげる。
動けないなら、ボクが動かしてあげる。
だから、目が見えないなら。
ボクの瞳を、お前にあげる。
ボクが見てる世界を、お前だけにあげる。
ほら、ひとつ。もう、ひとつ。
‥‥ああ、おっこちた。
***
今日、お兄ちゃんの声と同じだって言われたの。
今日、お兄ちゃんの瞳と同じだって言われたの。
今日も、今日もね。お兄ちゃん。
でも、おかしいな。
あたし、お人形なのに。あなたはだあれ。
***
あれ? どこに行ったんだろう。
昨日はここにいたはずなのに。
ここに。
どこに?
くすくすっ。
ボクは、”知ってる”んだ。
人形は、誰かがいないと動けないんだ。
だってボクもそうだもの。
じゃあ、このいのちは誰が動かしてるの?
ボクのいのちは、誰が動かしてるの?
誰か、ボクを動かしてるって言って。
言って言って言って、
そうじゃないとボクは、
ボクは、だれでもいい、ボクは、
ボクは、ひとりぼっちになっちゃうじゃないか。
ボクは、ボクの生まれた意味を確かめたくて、
だってボクは、ボクなんかいらないんだ、
ボクは、ボクなんかいらないんだ、
だからお前に、見てほしかったんだ、でも、
でも、
お前がボクを好きだと言ってくれる朝が来るとき、
ボクひとりのものじゃなくなっちゃうんだ。
お前はボクがいなくても、ひとりで、どこか遠くへ。
生まれた理由を見つけて、行っちゃうんだ。
そうなる前に、ボクは何度でもお前を捨ててやる。
***
人形は、ぽきんと折れるよ。
手も、脚も。首も、何もかも。
でも、ココロは折れないんだ。
そもそも、人形にココロなんかないからね。
ボクは、知ってるんだ。
お前はいつもそうだよ。
ボクのココロが、分かられてたまるか。
ボクのココロは、ボクだけのものだ。
妹なんか、作ればできるし。折れば壊せる。
お前は人形だ。
ボクに操られるだけの、かわいそうなマリオネット。
ボクはなんでも知ってるから、
お前が妹でもなんでもないことを知ってるよ。
お前なんか。はじめから。大キライ。
***
ボクと同じ色の瞳、ボクの瞳。
かわいい妹にあげた、赤い瞳。
瞳が無くなったら、できないことが増えるかな。
できないこと、ほしいなぁ。
そしたらきっと、誰かがボクを助けてくれるでしょ。
字の読めなくなったボクを。
ひとりで動けなくなったボクを。
でも、無理なんだ。
ボクは、知ってるんだ。
なんでも知ってるんだ。
はじめましてのさいごには、
さようならが、まってる。
***
ぬいぐるみの手ばっかり握ってても、なんにもならないのに。
――お前は本当に、
でも、それも仕方ないことなのかなぁ。
――腹話術が得意だね。
ボクは人形だから。
ボクは操り人形だから。
人形のお友達は、人形だもん。
***
今日は、何して遊ぼうか。
昨日は楽しかったなぁ。おとといも、その前も。
ボクは、楽しかったんだ。
あれ? どこに行くんだい?
あれ? どこに行けばいいの。
あれ? ボクは、ひとりでここにいて。
あれ? なんにもわからない。
なんにも
なんにも
なんにも、しらない。
なんにも、ない。
あれ、
お前は なんにんめ?
***
あのね、お兄ちゃん。
あたし、お友達ができたの。
でもお兄ちゃんは、ずっと一番大事な、
あたしのお兄ちゃんだよ。
‥‥お兄ちゃん?
どこに行ったの、お兄ちゃん。
お兄ちゃん。
~おしまい~