世間では入学、入社シーズン真っ盛りですね。
桜が散っても、華やかで賑やかな季節は
まだまだ続きそうです。
そんなこんなで、3月1日立ち上げたばかりの
我がブラウニーズにも新たなブラウニー達が加わりました。
まだアバターが与えられたばかりです
髪型や、目の大きさに悩んでる最中でしょうか。
LV1です。まだまだスライムも強敵です。
これからどんなアビリティーがついていくんでしょ?
居眠り? 酒豪?
将来ジョブチェンジするのかな?
なんにせよ、どう成長して行くのか楽しみです!
まずは若さだけを武器に、突っ走って欲しいものですね。
倒れそうになれば後衛の先輩達が飛び出して来てくれるでしょう。
他の武器は徐々に体力をつけて、器用になってから
使いこなしていけばよいのです。
魔法に頼るなんて、まだまだ10年早いです。
自分がゲーム業界に入ったのはもう20年以上も前の話です。
さすがにおっちゃんも当時は初々しかったものです。
懐かしいですね。
ゲーム会社の門を叩いたのは後にも先にも
“株式会社スクウェア”(現 株式会社スクウェア・エニックス)
1社だけでしたけれど、自分の若き日々の話に触れると
あの頃と今とじゃあ、ゲーム制作の方法も工程も
ずいぶんと変わりましたから
お決まりの
「今の若い者は恵まれやがって!」
的な事になっちゃいそうですけど。w
まぁ、コンピュータ自体がもの凄いスピードで
進化し続けていますからね。
やや、生き急いでる感じさえします。
おっちゃんがゲーム業界に入った時代は
ゲームやプログラムの専門学校とか
ほとんどなかったんですよ。
自分も含め、入社してから初めてパソコンに触れる
なんて人がザラでした。
今でこそ面接時に「そのゲームの開発に携わってました。」
とゆうようなやり取りを見受けられたりしますが、
当時のゲーム会社の面接は「そのゲーム遊んだ事があります!」
なんてレベルで、入社出来たりしてましたからね。
今に比べ、経験者が圧倒的にいなかったからです。
そんな時代にも関わらず
それでも、どうにかなっていたんだから不思議ですよね。
いや・・・そんな事ないな。
どうにかならなかったプロジェクトも
実はたくさんあったな。w
今は技術や環境レベルでは恵まれているけれども、
逆に考えると
昔はまだ歴史が浅い産業なだけに
誰にでもそこそこ
チャンスがあった時代であったように思います
何の装備も知識もない人を、感覚だけで採用して
そんな中から現在第一線で活躍している
著名なゲームクリエイターさんたちも生まれたりもしています。
芸能人や、文化人も多数、ゲーム制作に参加していました。
面白い時代でしたよね。
いい時代を走り抜けて来た気がします。
でもね、新しい時代は、新しい人にしか作れません。
今日のテーマはこれでんがな。
頼んまっせ!