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Kameoka Blog

練乳とホルモン

あの頃のあんなお話2 聖剣3編 その4

練ホル第74回
台風がひとつ過ぎ去る度に季節の移り変わりを肌で感じる吉祥寺。
吉祥寺に四季があって良かった。

どーも!Tシャツ社長です。

 
秋もそろそろ終わりですか?
世間ではもう、冬ですか?
気が付くと吉祥寺は一面、銀世界になってるわけですね。

めっきり冷え込んでまいりました吉祥寺ですが、
ブラウニーズ社内はとゆうと、、、
ホームページや、Facebookではワイワイと楽しいイベントまみれの
日々を送っているかのように見えますが、
ここ最近のブラウニーズ社内は、実は黙々とお仕事に追われる毎日なのです。
仕事中はもの凄く静かなのですよ。

遊ぶ時は遊ぶ。やる時はやる。
それが我らブラウニーズ!

そんなこんなでっ、
みなさまお待たせいたしました!
すっかり忘れていた「あの頃のあんなお話2 聖剣3編」の続きです!
本当~にお待たせ致しました!

”聖剣伝説3編 その1”をご覧になりたい方はこちらをどうぞ。
http://brownie-games.co.jp/201402051731.php
”聖剣伝説3編 その2”をご覧になりたい方はこちらをどうぞ。
http://brownie-games.co.jp/201404111818.php
”聖剣伝説3編 その3”をご覧になりたい方はこちらをどうぞ。
http://brownie-games.co.jp/201405271541.php

 
一足お先にほぼデータを作り上げた、我ら聖剣伝説3グラフィックチーム。
やることやったんで、あとはのんびりと定時に仕事上がって
・・・当時のスクウエアはフレックスタイムで定時とゆう概念はなかったけども。
毎晩、酒とカラオケ三昧の日々が続くんやでー!

・・・ってなわけに行かないのがゲーム開発のお仕事なんやでっ!

ここからが辛く長い、聖剣3の開発地獄の始まり。
当時のスクウェアはどのプロジェクトも妥協なし、
スーパーファミコンのスペックギリギリまで
引きだして開発をしておったからね。
聖剣3も多分に漏れず、新らしいグラフィック表現を見せたければ
「よし、ROMの容量を倍にするよう上に掛け合おう!」
そんな承認もすんなり通り、目出度くROM容量が倍に。
正に当時イケイケだった良き時代のスクウェアやったね。

ゲームのクオリティーが上がるのは良いけれど、
全て最後にシワ寄せが来るのがプログラマーや。

そらもう、何か新しい仕様を入れる度にバグって止まるの繰り返し。
正に3歩進んで2歩下がる・・・いや、時には1歩進んで10歩、20歩下がる時もあった。
とにかくプログラムチームの方は難儀しておったね。

その頃、ほぼ作業を終えたグラフィックチームはどうしていたかとゆうと、
この隙に更なるクオリティアップを計りたかったが、
下手にデータをいじると、更なるバグを生み出す原因になったりするんで、
プランナーからの指示がない限り、勝手にデータに触るの禁止令が出ておった。

そんなわけで一進一退を続けるROMを
毎日毎日デバッグする日々が続いたんや・・・それも半年以上も。

既に開発期間も当初の予定から、かなり延びておった。
聖剣チームは完成まで外出禁止令も出て、お昼は会議室に弁当が並べられて
チーム全員で同じ弁当を食べ、その後はまた粛々とデバッグの日々。
月、水、金と会社に泊まって、
火、木、土と家に帰る。

余談だけどね、この頃ね、
某宗教事件が世間を騒がせていた頃でね、
この宗教の本部がね、当時のスクウエア本社の近くにあってね、
怪しい身なりのスクウエアスタッフもよう、職務質問受けておった。

テレビでは他にセーラームーンのアニメが大ブームで
当時聖剣チームのエフェクト担当タカシン率いるセーラー戦士たちが、
仕事終わりにぞろぞろと野郎だけでセーラームーンの映画を
オールナイトで観に行っておった。

そんな時代やったんやで。

 
そしてこの頃、スクウエアもめちゃくちゃ増員していた頃で、
あれだけ余裕を持って借りた当時スクウエアが入っていた恵比寿のビルが
3.4年で席が足りないとゆう事になり、
恵比寿ビルの更にキャパ倍ほどの目黒のビルに引越が決まっていたんや。

徐々に引越の日が近づいて来て、1チーム、、、また1チームと
仕事が落ち着いてるチームから目黒への引越が始まって行った。
かなり余裕を持って、さすがにその頃には聖剣3もマスターアップ
しているだろうとゆう日を引越最終日と設定しておったのじゃが、
なんと、、、開発がまだ終わらない!

ここからスクウェアの黒歴史に残る、地獄の24時間デバッグの日々が幕を開けたんや。
目黒のビルはまだまだ席に余裕があったからね、
聖剣チームの為に100人規模でデバッグ出来る大部屋が用意されたんやで。
手の空いたグラフィックはデバッグ管理に回され、
プログラマー、プランナーは24時間缶詰状態。
近所のホテルにシャワー浴びる用の部屋をひと部屋借りておったよ。

当時のスクウェアではマスターROMのデバッグ指標みたいなものがあって、
何千時間か忘れたけど、それだけの時間プレイしてバグが出なければ、
そこで始めて任天堂にマスターROM提出とゆうような。
で、発売日が迫りこのデバッグ時間を縮める為には人を増やすわけや。
この指標の時間とゆうのは、人数×時間数とゆうトータルの時間数なので、
長さを縮める為に、その分幅を広げるとゆう論法やね。

で、なんとかモニターやスーパーファミコンを買い集めたが、
肝心のテストプレイヤーがいない。
社内で手の空いてるスタッフは勿論、休暇中のスタッフも呼び出され、
でもまだまだ全然足りない・・・
最後はもう、渋谷でプラプラしてる当時”チーマー”と呼ばれる人達にも声をかけ、
100人規模のいつ終わるかわからない24時間デバッグが始まったんやで。
もーね、エレベーターにラクガキする輩はおるわ
社内でナンパしてる輩はおるわ
引っ越したばかりのスクウェア新社屋は大変な事になっておった。

そんな24時間デバッグ真っ只中、引越の期限も迫り
結局朝までデバッグ管理して、そのまま恵比寿ビルに戻って荷物まとめて
目黒の新社屋に引越し。
そのまままたデバッグと・・・
長いスクエニの歴史の中でも1,2位を争う程壮絶なデバッグだったんじゃなかろうか?

トイレに行けば、数日寝てないであろうディレクターの田中さんがよく吐いていた。
そうゆう時代だったんだよね。

そんなこんなですったもんだし、なんとかマスターロム完成。
任天堂に提出、何度か返って来たと思ったけど、
ずぶん、全くマスターアップした瞬間の記憶がないんや。
普通ならマスター承認の電話が入った時点で、関係者全員で拍手喝采となるんやけど、
マスター承認が下りた目出度い瞬間の記憶も覚えていない程、
スタッフも関係者も限界まで疲弊しきっておったんやろね。
 

ずぶんのゲーム人生でも一番大変だった「聖剣伝説3」の開発。
予定のスケジュールから大きく遅延し、
社内、社外の聖剣プロジェクトに絡んだ様々な人に迷惑もかけてしまった事もあり、
田中弘道さん率いる「聖剣チーム」はここで一度解散とゆう事に
なってしまったんや。

でもね、当時と同じスペックで同じようなジャンルのゲームを作らせたら
「聖剣3」のグラフィックは背景、モンスター、キャラクター全てにおいて
誰にも負けない!と自負しておる。
「聖剣3」が未だにリメイクされないのは、今の技術、ハードスペックを持ってしても
あの職人的に作られた作品を再現するのは容易ではないからなんだと思うよ。

本当に辛い開発だったけれど、作って良かったと
思える作品「聖剣伝説3」。

もしもどこかで手に取る機会があったら、
是非とも遊んでみてや!

 
 
・・・その頃さよならおやすみ株式会社こと、けるるー井上は・・・

なんだかんだで「ライブ・ア・ライブ」もそろそろマスターアップ
聖剣ほどではないが、それなりの修羅場を迎えておった。
そんな緊張感漂う開発末期、正に「ライブ・ア・ライブ」マスターアップ2週間前、
そのタイミングで披露宴を上げるとゆう暴挙に出たのである。
歴史あるゲーム業界、未だかつてこのタイミングで披露宴を仕掛けた前例はない。
そんな男、さよならおやすみ株式会社。
 

では、はたして次回もあるのか?「あの頃のあんなお話3 ○○編」を
ちょーお楽しみにねっ!
 

 
*「あの頃のあんなお話」第一部”聖剣伝説2”編をご覧になりたい方は
こちらをご参照下さいませ。

”あの頃のあんなお話 その1”
http://brownie-games.co.jp/201205311500.php
”あの頃のあんなお話 その2”
http://brownie-games.co.jp/20130621104.php
”あの頃のあんなお話 その3”
http://brownie-games.co.jp/201308021020.php
”あの頃のあんなお話 その4”
http://brownie-games.co.jp/201309271500.php
”あの頃のあんなお話 その5”
http://brownie-games.co.jp/201311151933.php