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Kameoka Blog

練乳とホルモン

あの頃のあんなお話2 聖剣3編 その1

練ホル第46回

どーも!Tシャツ社長です。

2014年も既に2月に突入してしまいましたよ!
今年の目標の1/12は達成出来ましたか?
あわてろ、あわてろでございますよ。

そんなこんなでバタバタのゲーム業界、
懐古ゲームファンのみなさま、お待たせしました!
2014年人気コーナー?
「あの頃のあんなお話」第二部”聖剣伝説3”編のスタートです。

*「あの頃のあんなお話」第一部”聖剣伝説2”編をご覧になりたい方は
こちらをご参照下さいませ。

”あの頃のあんなお話 その1”
http://brownie-games.co.jp/201205311500.php
”あの頃のあんなお話 その2”
http://brownie-games.co.jp/20130621104.php
”あの頃のあんなお話 その3”
http://brownie-games.co.jp/201308021020.php
”あの頃のあんなお話 その4”
http://brownie-games.co.jp/201309271500.php
”あの頃のあんなお話 その5”
http://brownie-games.co.jp/201311151933.php

1993年8月6日

当初の予定よりやや遅れてスーパーファミコン用ソフト「聖剣伝説2」は
無事に発売されたんや。

結果、販売本数は150万本とゆう大ヒットとなり、
開発3部(田中チーム)は、聖剣シリーズの続編制作が決まったんやで。

ただ、当時のスクウェアはどのプロジェクトも
ミリオンソフト(100万本リリース)が最低条件やったんやけどね。
この今考えるととんでもない数字を当時はちゃんと達成してたんやから
本当にバブルとゆう時代はあったんやね。

聖剣伝説の続編制作が決まった頃、
おいらたち開発スタッフはどーしてたかとゆうと、、、

プロジェクトの報奨休暇とゆうやつで2ヶ月程の休暇が与えられとったんや。
2ヶ月間休みって、一体何して過ごすねんっ!?
当時のスクウエアは開発が始まるとほぼ社員旅行(1週間の海外やで!)に
行けないんで、その間ストックしておいて開発終了と同時に
溜まった社員旅行にまとめて行くんや。
聖剣2の場合は2年分(2回分)溜まってたんで、海外で本当にバカンスを
楽しんでおったんやでー。
そしてなんと、この頃のスクウェアは
旅行先で使うお小遣いも会社側から出てたんやで!
本当にすごい時代やったね。

海外に行ったり、なんやかんやと遊び倒したが、
さすがに時間と暇を持て余し始め、休暇が苦痛になって来た頃
2ヶ月とゆう報奨休暇も終わり、
また通常業務”聖剣3プロジェクト”がスタートしたわけや。

あれだけ休むと逆に仕事したくてたまらなくなって来るから
今考えるとあの長い休暇ってのは良いシステムだったのかもしれへんね。

会社に復帰するとまずは新たなチーム編成が行われるんや。
チームの方は聖剣2開発スタッフの半分くらい約10名程がそのまま残り、
残り半分くらいが他チームスタッフとシャッフルされて、
新生”開発3部”としてスタートしたわけやで。

この聖剣3のチーム編成で、丁度スクウェアに入社して来たばかりの
天才背景グラフィッカー
”んだっちゃ麻呂”こと”津田幸治”と運命的な出逢いをするわけや。
もうかれこれ20年以上の付き合いになるんやで。

そして実は聖剣3にはもう一人天才的なグラフィッカーがおったんや。
その男の名は”成島康之”。
聖剣2からモンスターデザインやっとったのがこの男や。

聖剣2のフラミー飛行シーンアニメで既にそのセンスは、スクウエア社内に
知れわたっておったが
聖剣2でスーパーファミコンのノウハウを掴んだ彼が、
スーパーファミコンのスペックギリギリまで引き出して描かれたんが
聖剣3のボスモンスターの数々や。

あの限られた容量の中で描かれた巨大なインパクトあるボス、
”フルメタルハガー”、”ドラン”。
16色のドット絵とは思えない表現で描かれた
”ライトゲイザー”、”ゼーブルファー”。

本当に天才やったね。
・・・まぁ違った意味でも本当に天才やったけどw

BG(背景)リーダーは津田幸治
モンスターリーダーは成島康之
そしてキャラクターのリーダーはずぶんと、
聖剣3ではプロジェクト立ち上がりから各パートのグラフィックリーダーが
決まっておったんで、新人寄せ集めで始めてのハード(スーパーファミコン)での
聖剣2プロジェクトより、スタートはすんなりと流れ始めたんや。

とりあえず各パートで自由に聖剣3の世界観イメージグラフィック(ドット)を
描いて擦り合わせをやっておったんや。

おいらは聖剣2から引き続きキャラクターデザインが決まっていて
大体やる作業量や作業工程も聖剣2で身についてたんで、
やや余裕をぶちかましとったんやけど、
”津田”、”成島”とゆう2人の天才グラフィッカーの
ハイクオリティーな試作グラフィックを見て

「こりゃ、のんびりしておれん!
 キャラクターも負けてられんぞっ!」

と、刺激されまくったんは今でも鮮明に覚えておる。
まさに切磋琢磨ってやつやね。

更にこの頃、ゲーム業界にいるグラフィッカー全員に影響を与えたであろう
あのゲーム「伝説のオウガバトル」の発売後だったから、さぁー大変!

この時代はスーパーファミコンの基本パレットスペック16色とゆう表現の限界を
勝手に決めつけていたけれど、
この天才2人と「伝説のオウガバトル」(グラフィック吉田明彦、皆川裕史)とゆう
怪物ソフトとの出逢いのおかげで
”ドット絵を超えたドット絵”を極める手法に、猫も杓子も奔走しておった。
特に当時のスクウェアはグラフィックの美麗さが会社のウリでもあったから
社内でも水面下では結構はライバル争いが起こっておったよ。

正に”スーパーファミコングラフィック黎明期”ってやつやったね。
熱き良き時代やった。

さぁ、聖剣2のスタート時に比べて、メインスタッフも揃っての
準備万端でスタートを切った新生開発3部”聖剣伝説3チーム”。

でもこのプロジェクトも地獄が待ってるんやでぇ~!

その頃さよならおやすみ株式会社こと、けるるー井上は・・・
時田貴司率いる「ライブ・ア・ライブ」チームに配属、
破天荒なリーダーの元、好き勝ってにに暴れまくり、
真の”狂犬けるるー”へと変貌を遂げるのであった・・・

お楽しみに!

「あの頃のあんなお話2 聖剣3編 その2」に続く・・・