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Kameoka Blog

練乳とホルモン

あの頃のあんなお話 その5

blog20131115

本日、株式会社ブラウニーズはみなさまのあったかい応援のおかげで、
晴れて創業2年目に突入いたしました!
本当にありがとうございました。

2年目のブラウニーズも、良いご縁を広げる鎹(かすがい)となる、
1日でも長く愛されるゲームを作って行きたいと思っておりますので
何卒よろしくお願い致します。

さぁ!
青春冷めやらぬ2年目のTシャツ社長です。

ってなわけで、2年目に突入した「練乳とホルモン」第一弾は・・・
「練乳とホルモン」大人気(?)シリーズ
”あの事のあんなお話 その5”
なんと、なんと!
「第一部 聖剣伝説2編 完結編」でございます。

前回、前々回、前々々回、前々々々回を読んでない方は、
こちらをお先にどーぞ!

”あの頃のあんなお話 その1”
http://brownie-games.co.jp/201205311500.php
”あの頃のあんなお話 その2”
http://brownie-games.co.jp/20130621104.php
”あの頃のあんなお話 その3”
http://brownie-games.co.jp/201308021020.php
”あの頃のあんなお話 その4”
http://brownie-games.co.jp/201309271500.php

時は1993年。
恵比寿に移って初めての年越しを迎えた株式会社スクウェア。
スタッフ数も大幅に増え、赤坂時代の倍以上の人数になってかるく150人を
超えておったで。
段々、だれがだれやら他のチームのスタッフの名前がわからん感じに
なって来た頃やね。

”聖剣伝説2チーム”とゆう名の田中弘道にぃさん率いる開発3部も
スタッフ数は20人を超え、チーム結成から既に1年半を迎えていた・・・

スーパーファミコン用RPGを作る開発期間としては1年半あればそこそこな
作り込んだ作品が作れる期間なのであった。

・・・が、しかし!
スクウェア初のスーパーファミコン用アクションゲームとゆう事で、
開発の方は大変難儀していたのであった。
モンスターが表示されれば処理が間に合わずアニメーションの動きが
遅くなる。チラつく。
1歩進んでは2歩下がるような日々がしばらく続いていたんだズラ。
そんな状況なので当初の開発スケジュールよりも結構遅れていたのである。

ただ一人、天才プログラマー ナーシ・ジベリだけは
さくっと自分の仕事を終わらせ、さくっとリゾート地で
リフレッシュしていたのであった。

かく言うずぶんも、事務のおねぇちゃんたちと毎晩のようにカラオケで
ドンチャン騒ぎしてた日々にお別れを告げ、
グラフィックデータ作成の方は、ほぼ仕上がっていた頃ではあったが、
データが実装されてみて発覚した上記のようなバグを修正する為、
データ量を少しでも削って軽くする作業や、正しくデータが表示されてるかの
チェックデバッグ作業に明け暮れてたんやで。

グラフィックは早めにデータを仕上げなければならんので
自分担当のグラフィックデータを仕上げてからが長かったで~!
でもこれがチーム作業とゆうやつなんや。

現在では開発チームも巨大になった為、
グラフィック、プログラム、プランナーとパート単位で作業が終われば
メインスタッフ以外は他のチームの助っ人に入るとゆう開発体制が普通だけども
当時のスクウェアは、最初から最後までチーム単位で動いてたんや。
なので早めにデータをあげなければならないグラフィックは
自分の作業が終わればデバッグの手伝いをしてたんやで。

そうそう、キャラクターの方の仕事が早く終わったんで
実はボスも2体ほど作ったんや。
ラミアンナーガとルームガーダーの2体はTシャツ社長製なんやで。
見る人が見るとわりとわかるんやで。

そしてなんだかんだでデータもほぼ詰め込み、1993年3月頃から
本格的な通しデバッグ作業の日々、会社泊まり込み体制が始まったんや。

昼前に会社で起き、
みんなで昼飯食いに行って、
みんなでデバックして、
みんなで晩飯食いに行って、
みんなでデバッグして、
みんなで銭湯に行って、
みんなでデバッグして、
朝方みんなブースの下で寝て・・・

そんな日々が3,4ヶ月続くんやでー。
もう家族、恋人以上の付き合いやね。
最初は結構楽しかったけど、さすがに半年程続くとキツかった。

正直フラミー飛行シーンのBGMを聞くと、あの頃を思い出し
少々トラウマのように耳に焼き付いておるんだぜ!

なんだかんだとバタバタな日々が続いたが、
ほぼバグを取り切ったであろうロムが出来上がったのが6月の頭頃。
スタッフ一同そろそろ限界でヘロヘロな状態であった。
デバッグで全員徹夜明けの朝まだ暗い頃、
聖剣スタッフ全員がリフレッシュルームに集まり、
2年ほど続いたプロジェクトの最後の儀式が始まったんや。

大きなモニター前にみんな集まって、
ラスボス登場シーンからエンディングまでの通しプレイ。
当時スクウェアでは恒例行事だった”マスターアップの儀”の始まりや。
そして記念すべきTシャツ社長初参加作品のマスターアップ(完成)やで!

早朝のリフレッシュルーム、そこには軽い食事とお酒も用意され、
営業部の人達も徹夜で付き合ってくれて・・・と、ゆうよりも
当時はマスターロムを営業部の人が新幹線で京都の任天堂まで運んでたんやで。
なので、開発スタッフはこのマスターアップ祭を見届けそのまま解散となるんやけど
営業部の人はこの祭の後、そのままマスターロムを持って、京都任天堂まで
持って行かなければならないとゆう大仕事があるんや。

まぁそんなこんなで多くの開発スタッフの血と汗と涙の結晶が完成した瞬間を
みんなで迎えようと、徹夜の早朝にもかかわらず、
リフレッシュルームは大賑わいや!

さぁあと一撃ぐらいででボスが倒せるぞ!
その時、、、正にその刹那!
悲しいかなラスボス戦でバグってハング・・・
このタイミングでやっかいなバグが発覚。

原因はわかったが修正に時間がかかりそうとの事で、徹夜でデバッグしていたスタッフは
まだ打ち上がってはないけども、用意された食べ物をたいらげ、
メインスタッフを除いて一度解散に。

かくゆうずぶんも眠気が厳戒に達していたんでブースでひと眠り・・・

そして目を醒ますと既に外は夕暮れ。
聖剣チームのブースは人の気配もなくガランとしていた。
まだ起きて作業をしていた田中さんに聞いてみると
「亀ちゃんが寝てる間にマスターロム、提出したよー」
既に営業の人が新幹線で京都へ向かっている所でありましたずら・・・

記念すべきTシャツ社長のゲーム業界デビュー作「聖剣伝説2」のマスターアップは
悲しいかな寝ている間に迎えちゃっていたのでした・・・

そしてその年。1993年の8月6日
「聖剣伝説2」は、無事に店頭に並び
みなさんの手元に届けられたわけやね。

めでたしめでたし。

しかしその頃”さよならおやすみ株式会社”こと狂犬と化した
”けるるー井上”は・・・

”あの頃のあんなお話 第二部 聖剣伝説3編”に続く。